RECORD
北陸最大の伽藍を誇り、迫力のある彫刻が施されている井波別院瑞泉寺。
その再建から木彫刻職人のまちとして発展し、建築物だけでなく曳山や獅子舞など、地域文化を支えてきました。
南砺公演では、まちをライトアップする灯りアートとあわせて、瑞泉寺で地域芸能と日本舞踊・長唄の公演を同日2回開催。
富山の三大民謡、こきりこ、麦屋節、越中おわらが一堂に会する機会にもなりました。
公演とあわせて、豊かな自然と日本遺産に触れる、庄川峡遊覧船とぐい呑づくり体験のモニターツアーも実施。
近くにいながらなかなか聴けないでいたのを、この別院で一度に観れてとてもよかった(観客)
若い方に引き継がれて、これからも増々頑張って下さい(観客)
多くの方が守り受け継いできた井波別院瑞泉寺や、南砺に古くから伝わる伝統芸能の数々が、新たな可能性を見いだせた(観光協会担当者)
富山三大民謡が集う機会はなかなかなく、今後の展開を期待(観光事業者)
過去に3度焼失した瑞泉寺の再建のため、遠く五箇山地域から切り出した木を運ぶ際に唄った 「井波御大門建立木遣り唄」が南砺市利賀村で代々伝承される。 1963年ごろ、その唄に振付けを加え、唄とともに井波木遣り踊りとして継承されている。 男性は采配、女性は扇子を持って踊る。毎年、井波で開催される「太子伝観光祭」では、 総勢約300名の踊り手が町流しを行い、最後は50名ほどが井波別院瑞泉寺の境内にて奉納踊りを行う。
「こきりこ」は、江戸時代の文献に既に記載されおり、田楽の流れを汲む日本最古の民謡といわれている。 上梨・白山宮の氏子により保存伝承され、戦後の混乱を経て1951年に保存会が結成され、 毎年9月に開催されるこきりこ祭り(上梨)および定期的に行われる世界遺産集落(相倉・菅沼)でのライトアップイベントなどで披露される。 五箇山には30曲もの唄・踊りが伝承され、「麦屋節」と「こきりこ」が国の無形文化財として選定されている。
麦屋節は、遠い寿永の昔に五箇山に安住の地を得た平家の落人たちが、 慣れない手つきで田畑を耕す合間に歌い踊ったのが始まりといわれている。 地方の三味線・尺八・胡弓・四つ竹・締め太鼓など、比較的早いテンポだが、哀愁の響きが踊りを一層引き締めて、見る者を魅了する踊り。 民謡の宝庫、五箇山でも代表的なもので、1952年に男性の傘踊りが国の無形文化財に選定された。元唄の長麦屋、麦屋節、 早変屋と3つの麦屋節から時代をしのぶことができる。
城端庵唄は、獅子舞・剱鉾・笠鉾・四神旗・神輿3基の行列、 6基の庵屋台・曳山が神輿の渡御にお供して巡行する古い神迎えの行列の形式を残す城端曳山祭の屋台のひとつ。 上方端唄・江戸端唄の曲を源流として、屋台の中から唄、三味線、お囃子で情緒豊かに典雅な音律を綴る。 城端庵唄保存会は1981年に発足し、32曲の庵唄と11曲のお囃子が今に伝わる。約300年の歴史がある城城端曳山祭は、 2000年に「城端神明宮祭の曳山行事」として重要無形文化財に指定された。
井波八幡宮の春季例大祭に運行されていた踊り屋体は、10年前に途絶えていましたが、 日本遺産井波の認定に伴い、井波彫刻の新たなシンボルとして、 天井には龍・欄干には花鳥・破風に鳳凰等井波彫刻63点が装飾され、再生されました。 まちなかで踊り屋体での踊りを披露。
1929年設立の「おわら保存会」は、現在、富山県八尾町の旧町と呼ばれる11の町に支部があり、 演奏と踊りは基本的に共通だが、各町を中心にそれぞれが自主的な活動を行っている。 福島支部は、旧町から移り住んだ人たちを中心として結成された最も新しい支部で、11支部の中で最大のおわら人口を誇り、 JR越中八尾駅が支部内にある事から風の盆期間中は特設舞台でのステージ踊り、始発列車を見送る「見送りおわら」を行っている。
井波別院瑞泉寺の境内や井波の夜の街並みを行燈で彩ります。 各通りでは、踊り屋台、木遣り踊り、おわらが披露されます。